旅の恥はかき捨て?
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チェコ旅行2日目①プラハ、テレジーン
旅行2日目、朝6:00に起き、そそくさと化粧をしました。
ホテルの朝食は7:00からなので、早々にレストランへ。
ベーコン、スクランブルエッグ、パン、スープ、チーズ、ハムなど、美味しかったです。
今回の旅の中で朝食が一番美味しいホテルでした。
朝に飲むオレンジジュースってなんでこんなに美味しく感じるのかな。
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これがトラムです。旅行の間じゅう、とてもお世話になりました。
5分おきくらいに来るので、とて便利です。
最終日にはかなり乗りこなせるようになりました。
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街中のキオスク?で売っているタバコ。
やはり日本よりは高いです。
今日は快晴でとても嬉しいです。お天気は大事ですね。
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今日はプラハフロレンツバスターミナルから9:00のバスに乗って、テレジーンに行きます。
テレジーンはナチス・ドイツの強制収容所があった場所で、小要塞が遺されています。
ホテルから15分くらい歩いたところに、フロレンツバスターミナルはありました。
“乗車前に運転手さんからチケットを買える”と聞いていたけど、時間があったので、チケット売場に行って事前に買うことに。
しかし、ここでもまた共産国の名残に直面・・・。
チケット売場のお姉さんの無愛想さと言ったらなかったです・・・。
「今日のチケットか?!何時の?え!?」って感じで、怒り口調でした。
チェコ人の英語ということもあり、こっちにはかなり聞き取りにくいのにーーー。
でも、正規の値段でチケットをくれたし、時間も分かりやすくチケットに書いてあったので、ま、いっかと気にしませんでした。ちょっと怖かったけど。
チケットを購入した後、売場のお姉さんはソリティアかなんかのパソコンゲームを再び始めていました。笑
なんか、自分にムリしていない感じ、過剰なサービスはしない感じ・・・なんですね。
最初は、そんなチェコの店員さんたちに対して、無愛想だなー、ぶっきらぼうだなー、と寂しく思ったけど、慣れてしまうと、あーこの人たちは裏と表が無いんだな、人間らしく普通に生きてるだけなんだな、と理解できて、最終的には、なーんだ共産主義の文化もそんなに悪くないじゃん、と思うようになりました。(難しい思想や政治問題はもちろん分からないけれど)
サービス重視の資本主義文化だと、“お客様は神様です”だから、したくもない笑顔を日々強いられて、ストレスに潰されそうになるけど、ムリしないで自然体で仕事をする社会主義文化って、それはそれでイイ面も多いんじゃないかなと思うようになりました。
表面的には笑顔であっても裏では何を考えてるか分からないのと、表面的には無愛想だけど裏も表もないのとは、どちらがいいのか悪いのか・・・、たぶん、表に現れる表現の違いということ、それだけなんだろうなと思います。
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バスを待っている間、イケメンさんに遭遇。記念に隠し撮り。
ヨーロッパの人たちってみんな足が長い!顔も小さい!です。
ちなみに、美人さんもとても多いです。驚きました。
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17番というバス停に並びます。
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1時間ほどバスに揺られて、テレジーンに到着しました。
ここでもインフォメーションセンターに行ったけど、やはりお兄さんはとっても無愛想でした。
全く笑い顔はありませんでした。
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少し歩いたところに、テレジーン小要塞の入り口があり、一面、犠牲者の墓碑が並んでいます。
テレジーン(Terezin)は、プラハの北方にある町で、18世紀末に要塞都市として建設された町です。
この要塞都市がその悪名をとどろかせることになったのは、第2次世界大戦が終わってから、ナチス・ドイツの強制収容所として機能してからです。
ソ連人、ポーランド人、ドイツ人、連合国の各国捕虜などさまざまな人々が収容されるようになり、戦争中には合計3万人を超える人々がここへ収容されました。
うち、8千人はより重度の強制収容所へ転送され死亡、テレジーン小要塞内部でも過酷な建設労働や逃亡に対する見せしめ、看守の虐待などで2千人を超える犠牲者を出したとされています(テレジーン記念館資料による)。
1945年5月にソ連軍がこの地を開放、その後収容者の送還が行われ、戦後の3年間程度は、チェコ国内から追放されるドイツ人住民の収容センターとして利用されたのには皮肉を感じます。
1947年に、当時の行いを後世に伝えるべく、チェコスロヴァキア政府により記念館が設立されました。
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入り口です。
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入場料は大人1人160コルナ(1,120円)です。入場の際、「日本人ですか?」と聞かれたので、「はい」と答えると、日本語で書かれたパンフレットをもらえた。それだけ日本人観光客も多いということなのかなと思ったけど、中国語、韓国語などもあったようです。ちなみに、ポーランドのアウシュビッツは、入場料が無料だそうです。人件費や管理費などはドイツが出資してるんだろうと思います。このような負の遺産が、無料だったり、各国語のパンフレットがあったり、全部カメラOKだったりするのは、世界に広く知ってもらうためののメッセージのようにも思えます。

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門に掲げられた“Arbeit macht frei”(働けば自由になれる)の文字・・・。
救いのない言葉に愕然とさせられます・・・。
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独房です。
明かりも暖房もない、当時のままの姿で残されています。
ひんやりとして薄暗く、本当に怖かったです。
写真を撮ったら見えない何かが写りそうな悪寒がしました。
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囚人用ベッドです。
映画“ライフイズビューティフル”や“シンドラーのリスト”を思い出します。
きっと、布団も暖房もなく、この中で何人ものユダヤ人たちが過ごしたんだろうと思います。
たった60年ほど前のことだということが信じられません。
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これが何より怖かった地下道・・・。300mほどあるでしょうか。
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長い長い地下道はわずかな明かりのみ・・・。
怖くて怖くて。
霊感のある人はまずムリかと思います。
長い地下道を抜けると・・・そこは処刑場です・・・。
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出口近くの壁には、メッセージが彫られています。囚人のものでしょうか・・・。
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処刑場です・・・。
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実際にテレジーンを訪れてみて、その規模の大きさには驚かされました。
また、美化されることなく、当時のままに残された要塞の展示の仕方にも驚きました。
怖かったです。
現地のチェコ人?ドイツ人?の高校生たちが社会見学で沢山訪れていて良かった。
2人だけではとても怖くて居られなかったと思います。
処刑は、銃殺や縛り首、石たたきの刑などの他、見せしめの死刑も多々あったようです。
ドイツ人看守のための娯楽施設(映画館)は、当時の様子を記録した映画館として使われていました。
チェコ語?での上映だったので、私は言葉は理解できなかったのですが、映像の残虐性から言って、もの凄いものでした。
私の前に座っていた女性がいずれも涙していました。
人間は誰しもいくらでも残虐なことが出来てしまうんだと思います。
周りの環境によって。
動物以下の扱いを受けていたユダヤ人や身体障害者や同性愛者たちは、どんな思いだったのか。
暑さ、寒さ、空腹、栄養失調、チフス、シラミ、虐待、痛み、孤独・・・。
いっそひと思いに銃殺させられた方がずっとマシだろうと思いました。
感性、感情なんて、ズタズタにされて、人間とは言えない“モノ”としての扱いかと思います。
死んだ方が楽、殺して下さい、私だったらそう思うと思います。

テーマ:ヨーロッパ旅行記 - ジャンル:旅行